サモエド族とサモエド犬について

サモエドはとても古い血筋だといわれています。今、目の前にいる私たちの愛犬も1万年前からの血を大切に保っているのです。
おそらく太古からの生活習慣がその遺伝子には組み込まれていることでしょう。
私たちがサモエドの習性やスタンダードの形を考えるとき、古来からの生活様式にはきっと多くのヒントが隠されていると思います。
どのような人たちとどのように暮らしていたのか?
乏しい情報の中からまとめてみました。もしこれ以外の情報がありましたら是非メールでお知らせ下さい。

サモエド民族ついて

サモエド(Sahm−uh−yedという言葉は共食いすることのない自給自足の生活を意味しています)

サモエド族は放浪民族の血統を持つアジアの種族で、Uralic−Finnoと関連がある固有のサモエド語を話していました。 サモエド族は恐らく蒙古人の家系です。
サモエド族は恐らく、他の蒙古人の放浪民族が同じ方向に移動していた時、後のPleistoceneを通って北西に移住し始めました。
Berangeaを渡って行く遊牧民の若干が最初の北アメリカの住民になり、そして後の移住でアラスカとカナダとグリーンランドに渡った人々がエスキモー人(イヌイット族)と呼ばれるようになりました。
サモエド族は身体的に身長が低く、黄色がかった白い皮膚、高いほおの骨とストレートかあるいは凹形の鼻によって特徴づけられています。
現在は5万人以下のサモエド族がいるといわれています。
大部分がロシア語あるいはトルコ語を話します。大きくNentsyとEntsyという二つのグループに分けられます。

サモエド族は起源後最初の千年期に現在のenisei川とOlenek川の間にあるTaimyr半島に移住しました。この半島は大陸の最北部である北極海の中に突き出た北西シベリアにあります。
ラップランド族はウラル山脈の遙か西の西北フィンランド、ノルウェーとスウェーデン、そしてエスキモー人(イヌイット族)とYakutsはシベリアの北東部にあたります。

サモエド族の初期の歴史での中では、主に大きなトナカイの群れを追い、それを狩って生活していたようですが、後に主食である「カリブー苔」を求めてツンドラの上を移動するトナカイを飼育管理しはじめ、狩猟から牧畜へと生活を変えていきました。
幾世代にも渡るトナカイの選択的な繁殖の後、サモエド族は牛を追いかける勝ち気な牡を隔離し、人間にも慣れたおとなしい牡を牛と共に残しました。
もう自然のトナカイがいないと今では信じられています。
飼い慣らしたにもかかわらず、一部のサモエド族はツンドラから森林地帯まで伝統的な移住ルートで移動していました。トナカイは大量のカリブー苔を消費するので、カリブー苔が豊富なエリアに移動しなければならなかったからです。
カリブー苔はトナカイが食べるために適した大きさに育つのに何年もかかります。そこでサモエド族はトナカイを狩ることから番をすることに役割を替えていきました。
トナカイは(すでに)富と地位のシンボルになっていたのです。

サモエド族の世界はトナカイ文化そのものでした。食料としてだけではなく、折りたたみ可能なテントとドームもトナカイの皮革で作られていました。
サモエド族はこれらのテントやその他の荷物を曳かせるためにトナカイを使いました。彼らのフード付きのヤッケはトナカイの皮革で作られていました。トナカイの毛は中空で、そして北極での使用に絶える耐寒性を有していました。

伝統的な宗教はanimistic(動物精神の崇拝)でシャーマン教の修行もしていました。
(伝統的なシャーマン教はシベリアでの文化でしばしば見いだされますが、中央アジアでだけではなく北アメリカ人と太平洋の文化でも見いだされます)根本的にシャーマンとは偉大なる宗教的な地位であり、精神の伝道者です。
シャーマンは群れが現われる場所を直感で告げ、そして食料を増やし貯蔵する方法を教えます。
シャーマンは断食や隔離などによって役割のための能力を高めます。

サモエド族は彼らのBjelkiers(白い犬だった)のために有名でした。ロシア語で、この犬はリーダー犬あるいは見張り犬、そして狩りと戦いの犬を意味するVoinaikaと呼ばれていました。
ラップランド族は雪に対してコントラストがはっきりしていて見分けやすい黒い犬を好みました。
我々は今この犬をラップランド犬として知っています。
イヌイット族はBjelkiersから派生した独自の犬を持っていましたが、それが今日のシベリアンハスキーです。
北アメリカでこれはイヌイット種族の名をとって、アラスカンマラミュートになりました。

サモエド犬について

サモエド犬とBjelkierが一族として同化していくのと対象に、エスキモー人(イヌイット族)は彼らの犬を全く異なるものに進化させました。
Bjelkiersは人間と一緒に住むために最初に連れて行った野生の狼のような犬の先祖に非常に近いようです。
最初の狼のような犬(Canisfamiliarispalustris)は南中央アジアでグレー狼の南の品種から12000〜14000年前に飼われ始めたようです。
はじめはハンターが狼に特別な親近感をいだきました。彼らは子犬を連れて帰って大切に育てました。
これらの原始の犬がハンターの社会構造に上手に順応していったことは想像に難くありません。
Bjelkierは荷物を運び、そしてそれまではトナカイが運んでいたそりまで引っ張り始めました。
後に飼い慣らされたトナカイの番をすることも当然Bjelkierの仕事になりました。
群れから離れたトナカイを追う狼のような犬の自然の特質は番をするために格好の資質だったのです。
Bjelkierは狩猟もすることができました。
Bjelkierは優しくて、人にフレンドリーでした。人間のベビーシッターも安心して任せることができた反面、いざとなれば1500ポンド以上の重さがあるシロクマを追い払うこともできました。

18世紀までにロシア人はシベリアを探検し始め、そしてBjelkierの特質を認識しました。
皇帝の家族と一緒に連れ帰られ、そのために名声を勝ち取ったようです。
そして時折Bjelkierが非常に特別な贈り物として他のヨーロッパの貴族に与えられたということです。
国王の地位を象徴する犬として部外者からも守られました。

一方ロシアの探検家はシベリアでそりを引くために使うことにも才能が有ることを発見しました。
それは探検家の間で評判になり、アレクサンダー・トロントハイムというロシア人はロシア政府のためにBjelkiersを入手するエージェントになりました。
探検家ナンセンの活躍によってノルウェー人はBjelkiersに注目し、入手するためにトロントハイムを雇いました。
ナンセンはノルウェーの大学で7つの課で教授をしていましたが、彼は北極探検のためにフラムと呼ばれる船を建造しました。
それは彼が35年以上、のべ5回の遠征に使ったほどしっかり造られていました。 ナンセンは広範囲に北極の調査をするために最もふさわしい犬としてBjelkierを選びましたが、残念ながら最初に北極に連れて行かれた28頭のBjelkiersは不当な扱いを受け、全滅してしまいました。

ナンセンの活動は何十年にも及び、以後の南極探検家にも影響を与えました。
イタリアの国王、アブルジの公爵ルイジ・アマデオの兄弟はナンセンのアドバイスを求め、そして最適なそり犬としてBjelkierを選び、遠征の間にトロントハイムから入手した120のBjelkiersを使いました。
これら初期の遠征隊がBjelkiersのために残忍であったことは悲しい事実です。
ほとんどの場合探検家が解剖学と生理学を理解しなかった為に不必要に死なせてしまったのです

1911年にアムンゼンは南極に99日で1860マイルを往復しました。彼は4台のそりを引っ張るために52頭のBjelkierを使いました。南極の上の最初の動物はアムンゼンのBjelkierだったのです。
遠征から戻った後、これらの犬は他の探検家に与えられました。そして若干数がイギリスに渡りました。
キャプテンロバート・スコットは33頭のBjelkiers使いましたが、誰かが彼らの尾を切り落としてしまったため、眠る時鼻をカバーすることができず3週間目に肺炎で死んでしまいました。
すべてのBjelkiersが死んだ後、スコットチームの6人のメンバーが南極に残っている機材を運びましたが、 彼が死ぬ前に書いた日記によれば、彼が南極点に到着した時、彼は足跡とノルウェーの旗を見いだしました。アムンゼンが彼を1カ月差で破っていたのです。アムンゼンは成功を詳述しているメモを残しました。
心も体も打ちひしがれたままスコットは後に息を引き取りました。

今日のサモエド犬の先祖はそういった探検家からイギリスに渡ったBjelkiersでした。
1880年代にBjelkiersの子犬はイギリス人キルバーン-スコットの注意を引き付け、これらの白い犬をさらに多く獲得するべく動き出させました。 キルバーン-スコットはいくつかのドッグショーでこの犬を紹介ましたが、イギリス人はクリームの上の純粋な白いコートあるいはビスケット色を好み、黒や他のコンビネーションを敬遠しました。

やがてまたたくまにイギリスの裕福な人々にたくましくて優しい犬としてもてはやされ始め、ついにKCはサモエド犬を外国の犬クラスとして認定、キルバーン・スコットはサモエドクラブを設立しました。
そして1909年に、サモエドはシベリアのBjelkierの公式の名前になりました。
キルバーン・スコットはシベリアの探検家と相談して、犬関係の機関に属する人々とスペルについて合意しました。
1912年にKCがBjelkierから派生したサモエドを西洋で別の種属として公式に認定、1923年に名前から「e」を除外しました。ちなみに1947年にはAKCも名前から「e」を除外しました。
その後、名前は間違って発音され始めました。サモエド=Sahm−uh−yed(ネイティブの発音法)の代わりに名前はサモイードSahm-oidと英国化されたのです。

サモエド犬は北方犬種の中でも特に効率的な形をしています。
それはそれが従兄弟 たちよりずっと顕著なダブルコートを持っています。
コートは純粋なホワイト、ホワイトとビスケット、クリームあるいはすべてのビスケットが認められています。
長いシルバーのトップコートは堅く、水や汚れをはじきます。雪がこのコートの上に付着することはありません。
トップコートの長さは変わらず、そしてまっすぐに伸びた状態にあるべきです。
アンダーコートは羊毛のようで、冬の間は密集していて直接皮膚に触れることが出来ないほどです。
春になるとサモエド犬は大量のアンダーコートを落とします。換毛期です。
Samoyedeの人々は当時から羊毛のようにそれを編んだようです。
コートは犬臭くありません。
サモエドが持っている唯一の匂いは足指パッドから嗅ぎ取れるジャコウの匂いです。
黒いまぶたはアーモンド型の茶色の目を雪面からのまぶしい光から守ります。
足指は雪面を捉えるために開きます。
そして氷が付着するのを防ぐ為に足指パッドの間には長い毛が密集しています。 この毛のおかげで滑りやすい氷の上でも牽引力を確保しています。
巻き尾は極端な寒い気候の時に鼻をカバーするフィルターとして使われます。
胸はたくましく顕著なV形です。


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